今年行われる第88回アカデミー賞は、ここ数年で一番予想がしづらい年になっている理由はふたつある。まず普段アカデミー賞では相手にされないような作品が次から次へと高評価を獲得していることであろう。
その筆頭となるのが、ワーナー配給の『マッド・マックス/怒りのデス・ロード』で、すでに各批評家賞では大絶賛を受けて、有力コンテンダーとして名乗りを上げている。もちろんのこと、これまでのシリーズ3作はオスカー候補に上がっておらず、そうでなくても続編映画に厳しいアカデミー賞では、いくら絶賛されていたとはいえ挙がることはないという見方をされていた。
しかし、オスカーノミニー発表直前では、主要部門に顔をそろえる予感が漂っている。それでも、英国アカデミー賞では主要部門でシャットダウンを受けた。オーストラリア映画には比較的寛容な英国アカデミー賞でこのような事態では、アメリカアカデミー賞でも少々厳しいのではなかろうか。ただ、配給のワーナー・ブラザーズは2003年以降毎年作品賞に自社配給作品を送り出している、常連。今年同社が用意している作品といえば、主演男優賞候補にジョニー・デップを送り込む可能性が高い『ブラック・スキャンダル』、助演男優賞候補有力の『クリード チャンプを継ぐ男』、技術部門で期待が集まる『白鯨との闘い』で、どれも作品賞に挙がるには少し弱い。そうなると、やはり『マッド・マックス』は作品賞候補入り確定なのではないだろうか。強いてあげるなら、夏にサプライズヒットを記録した『ストレイト・アウタ・コンプトン』が作品賞にも殴り込みを図るのでは、とも言われていたが、もうその目は消滅したといってもいいのではないだろうか。
大ヒット作といえば、今年の3大巨塔である『ジュラシック・ワールド』と『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』、そして『オデッセイ』の動向も気にかかる。どれも視覚効果賞を始め、技術部門での好勝負は期待できるが作品賞にまで到達するポテンシャルを秘めているか。『ジュラシック・ワールド』を擁するユニヴァーサルはここ3年続けて作品賞候補に自社配給作を擁立できたが、ここ2年は共同配給作品での候補入りである。同社は今年『スティーブ・ジョブズ』に力を入れることが明確であり、それを考えると可能性はかなり低いか。
アカデミー賞を賑わせた『アバター』をあっけらかんとかわして、全米歴代ナンバーワンに躍り出た『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の壁は、ディズニー配給の実写映画が第37回の『メリー・ポピンズ』以降で候補に挙がっていないということである。そして、『ジュラシック・ワールド』と同様に続編映画は過去作がすべて作品賞候補にあがっていない限りノミネートされないという前例がある(過去には『ゴッドファーザー』『ロード・オブ・ザ・リング』のみ)。
その点で、オリジナル映画で、安定の20世紀フォックス配給の『オデッセイ』は、大ヒットを味方につけて好勝負が期待される。リドリー・スコット作品が作品賞を狙うのは、『グラディエーター』以来、実に15年ぶりのこと。これは期待が膨らむ。同じ20世紀フォックスからは、アレハンドロ・G・イニャリトゥの『レヴェナント 蘇えりし者』も擁立される予定だ。昨年『バードマン
あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で作品賞・監督賞に輝いたイニャリトゥが、オスカーあけ1作目から作品賞候補にあがる見込みが高い。近年では『英国王のスピーチ』のトム・フーパー、『スラムドッグ$ミリオネア』のダニー・ボイルが、オスカー受賞後次作で作品賞候補にあがっている。ただ、どちらも作品賞のみで、監督賞候補からは漏れていることを注意しておきたい。念のため、20世紀フォックスが同一年に2作品候補に入れたことがあるかと調べてみると、系列のサーチライトは幾度かあるが、20世紀フォックスとしては第52回に『ノーマ・レイ』『オール・ザット・ジャズ』『ヤング・ゼネレーション』の3作を入れて以降無いようだ。3本くるとなれば、デヴィッド・O.ラッセルの『Joy』だろうか。さすがにそれは無い。
そんなフォックスの系列で、毎年鍵を握るフォックス・サーチライト。ここ2年続けて頂点に輝いている同社が今年送り出すのは、アイルランド移民の少女を描いた『Brooklyn』ぐらいしか大きな弾が無い。他にはサンダンス映画祭絶賛の『Me and
Earl and the Dying Girl』と、パオロ・ソレンティーノの『Youth』ぐらいで、さすがに分が悪い。となると、『Brooklyn』一択か。10年間で8年で候補入り、内3度頂点に輝くサーチライトがいないのはさすがにつまらない。
近年好調のフォーカス・フィーチャーズは、今年は少し苦戦の年。最初擁立するはずだった『Suffragette』は評価が伸びず、メリル・ストリープの候補入りすらもほぼ難しいとの見方がされ、『Far from
the Madding Crowd』と2作でキャリー・マリガンをいかに推すかと思われていた。ところが、『リリーのすべて』が作品賞への可能性を失っていない。昨年主演男優賞を受賞したエディ・レッドメイン、注目株アリシア・ヴィキャンデルの候補入りに希望が託されている。もちろん作品賞も、と言いたいところだが、少し評価が落ち込んできているのが気にかかる。しかも、このアリシア・ヴィキャンデル、批評家賞で相次いで助演女優賞を受賞しているのは本作ではなくインディー映画『Ex
Machina』のほうなのでなんとも言い難い。
その『Ex Machina』を擁するA24からは、『Room』が非常に注目を浴びており、ブリー・ラーソンの主演女優賞入りはほぼ確実、作品賞も狙えるとの見方が強い。とはいえ、インディペンデント系の小規模会社はかなり苦戦を強いられやすく、昨年こそIFCフィルムズの『6歳のボクが、大人になるまで』が作品賞候補にあがるも、土壇場で逆転負けを喫すなど、先が読めなくなるのだ。そう、今年一番難しくしている要因のもうひとつは、今年の最有力候補『スポットライト/世紀のスクープ』がオープン・ロード・フィルムズということなのだ。昨年『ナイトクローラー』を擁立することに失敗した同社の作品が、どこまで戦えるのか、まだまだ安心はできない。
インディペンデント系といえど、安定している会社は今年も問題なし。影のフィクサー、ハーヴェイ・ワインスタインの会社は『キャロル』と『ヘイトフル・エイト』の2作品で勝負に出る。前者は大きな問題が残っており、ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラのどちらを主演でプッシュするかがまだ解決していないのである。とはいえ、作品の評価も考えると作品賞は危なげない、と思った矢先、重要な前哨戦である製作者組合賞から候補漏れしてしまうという事態。もう、何が何だか。一方、『ヘイトフル・エイト』は老会員が敬愛する西部劇であることと、人気のタランティーノ作品だということを踏まえれば、危なげなく作品賞入りもありうる。ただ、今年は今までの年と比べてあまり盛り上がっていないような……。
第82回の『プレシャス』以降、なかなか賞レースに恵まれなかったライオンズゲートは、今年当初は『Freeheld』での勝負を期待されていたが、ここにきてドゥニ・ヴィルヌーブの『ボーダーライン』が注目されている。重要な製作者組合賞、撮影組合賞、編集組合賞、脚本家組合賞すべてに候補入りし、総合的な安定度は保証済み。ただ、もうひとパンチ足りない気もしないでもない。
ロバート・ゼメキスの『ザ・ウォーク』を猛プッシュするはずだったコロンビアは、今年は少しお休み気味。『スペクター』で技術部門や主題歌賞あたりをねらうのだろうか。同様に老舗のパラマウントはアニメーション部門の『Anomalisa』だけかと思っていたら、まさかの『マネーショート 華麗なる大逆転』が大好評。これまた作品賞らしからぬ作品が名を挙げてくると。。。
昨年『セッション』で検討したソニー・ピクチャーズ・クラシックも今年はお休み気味。ハンガリー映画『サウルの息子』が作品賞候補に上がれば面白いのだけれど、前哨戦の雰囲気からするに、さすがにそれは酷な話だ。外国語映画賞は当確の作品だけに、他の部門でどこまで戦えるのかが楽しみではある。
あとはスピルバーグの『ブリッジ・オブ・スパイ』の扱いである。これまたディズニーの実写映画。とはいえ、ドリームワークスの共同配給なら、とは思うが、如何に。今年の硬派な社会派路線は『スポットライト
世紀のスクープ』と割れるか……。一応ディズニーは、アニメ映画『インサイド・ヘッド』を作品賞にも送り込むのでは、と見られている。さすがに本命不在で混戦の中では安定しているとはいえ、まだ当確とは言えないだろう。
ここまで挙げた作品から、作品賞を整理してみよう。大ヒットしている作品からは『オデッセイ』が一歩抜けている。『キャロル』『Brooklyn』『Room』『Joy』と、今年は女性主人公の作品が並んでいる。抜けるのは『キャロル』か。配給会社的には『Brooklyn』で、前哨戦の戦いからは『Room』が有力。一応前哨戦の様相は大事。両者ともインディペンデント系配給の作品であり、『スポットライト 世紀のスクープ』も負けていない。
大手配給で、候補落ちの危険度が最も低いのは『レヴェナント
蘇えりし者』だけである。過去のような5作品候補だとしたら、以下に挙げる5作品だろうか。
『オデッセイ』(20世紀フォックス)
『キャロル』(ワインスタイン)
『Room』(A24)
『スポットライト
世紀のスクープ』(オープン・ロード・フィルム)
『レヴェナント 蘇えりし者』(20世紀フォックス)
最大10作品なので、支持票(オスカー候補規定を満たす程度の)を集めそうな作品を考えると、この4作。
『マッド・マックス
怒りのデス・ロード』(ワーナー)
『Brooklyn』(フォックス・サーチライト)
『リリーのすべて』(フォーカス・フィーチャーズ)
『インサイド・ヘッド』(ディズニー)
逆転するならこの3本か。
『スティーブ・ジョブズ』(ユニヴァーサル)
『ボーダーライン』(ライオンズゲート)
『サウルの息子』(ソニー・ピクチャーズ・クラシック)
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